鬱との別れ

 南木佳士

40代で鬱病にからめとられている間に心身が生き延びることを最優先にするべく変容した。自分史がそこで断ち切られ、過去はいつでも都合よく上書きや修正が可能になった。

それまでは祖母に育てられた上州の山村での暮らしや、中学2年から転校した東京郊外の中学、高校生活が今の「わたし」を作り、そこからは逃げられない身であることを過剰に意識してきた。
鬱病は、いかに嘆いても過去には戻れないし、祖母に甘やかされた時代は霧消してしまったのだ、という冷徹な事実を日々の不快な症状として身に沁み込ませた。

おまえは今を生き延びるだけの、ただそれだけの者なのだ、との消えゆく過去からの遺言を持って。

アルコール、除菌、マスクの仲間の経営塾より