『書く力』

池上彰、竹内政明

「正しいことを言うときは少し控えめにする方がいい 正しいことを言うときは相手を傷つけやすいものだと気付いている方がいい」(吉野弘)

竹内さんのコラムを拝読していると、「え、この話はどこに行くんだろう?」と思わせておいて、「なるほど、そこにたどり着きましたか」とストンと落ちる文章展開が多いですね(池上)

生半可な知識しか持ち合わせていないテーマでは、いくら「構成」に工夫を凝らしても、面白く仕上がるはずがない。テーマと自分をつなぐ「ブリッジ」が必ずある筈です。まずはそれを見つけます(竹内)

小学生の頃に読んだときは、単純に「自分の国の言葉が失われるなんて、とても悲しいことだ」と思っていたんです。ただ、大人になって、歴史の勉強をしてからあらためて読んでみると、印象が変わったんです。というのも、実はドーデが作品の舞台にしたアルザス・ロレーヌ地方というのは、もともとドイツ語圏だったんですね。それをフランスが占領して、フランス語の授業を押し付けていたわけです。だから、「フランス語の授業はこれで最後だ」ということを悲しい話とするのは、あくまでフランス側の視点に過ぎない。これを知ったときには、あの小学校時代の感動はなんだったのかと愕然としました。こういう話は、歴史の解説をする時の「部品」になるんです(池上)

「すごく悪いことをした犯人の弁護士になったら、自分はどうするか」という思考実験をすることがあります。やってみると分かるのですが、中途半端な悪人ではなくて、狂信者集団の“尊師”のようなとんでもない人物のほうが、ためになる。むずかしい弁護ほど、やりがいがあるでしょう。情状酌量の余地など無いところを、「いや、彼にもこういう事情があったんじゃないか」とあれこれ想像してみるわけです。これを続けていると、だんだん物事の捉え方に奥行きが出てくるようになる(竹内)

「おしぼり式」は短編小説の手法ですが、コラムやエッセーでも有効です。メインストーリーを書き終えたところで、ほんのすこしだけ蛇足を入れる。それが余韻を生んで、これまで書いてきた話が読者の心にいっそう沁みるようになる(竹内)

「表現で驚かすな。事実で驚かせ」と昔言われたような気もするけれど、淡々とファクトを綴るだけで、そのファクトがずしんと読者に響くのが本当はいいんでしょうね(竹内)

アルコール、除菌、マスクの仲間の経営塾より